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山口地方裁判所 昭和37年(行)6号 判決 1963年2月19日

原告 重藤秀兵衛

被告 中国地方建設局長

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告は「別紙目録記載の道路敷地(以下本件土地という)に関する原告の払下申請について、被告が昭和三六年八月一一日中国建道管第五四〇号を以つてした右申請不承認の処分を取消す。被告は原告に対し右土地の払下を許可しなければならない。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。

「原告は、昭和三六年三月二〇日付を以つて、中国地方建設局長を通じ建設大臣宛本件土地の払下申請をしたところ、同年八月一一日付を以つて、右局長より、右払下申請不承認の旨の回答を得た。

しかしながら右払下不承認の処分は次のような事情で違法である。

即ち、原告は、大正一〇年五月八日、国から下関市大字壇之浦七二番地の一及び、軍用地の一部(火の山砲台及び同交通路敷地六坪)を借受けていたが、同一四年六月一〇日山口県知事より国道改良工事のため該土地の収去明渡を求められ、その代替地として本件土地を指定提供された。ところが更に、昭和一五年三月二八日、山口県知事より関門隧道工事のため右地上の家屋が障害となるという理由で右土地の収去明渡を求められ、その頃強引にその代替地である現在地に建物を移築されてしまつた。しかるに、関門隧道工事竣工後現在に至つてみると、本件土地は遊休地となつており、且つ原告は前記権原にもとづき長期間そこに家屋を所有し居住していたので右土地は原告にとつて最も因縁ある土地である。従つて、被告は当然原告の前記払下申請を許可すべきものであり、右払下申請を不承認とする被告の行政処分は違法であつて取消さるべきである。」

被告指定代理人は先ず、「本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の抗弁として「本件土地は、一級国道九号線道路敷地となつている国有地であつて、国有財産法上の行政財産であるから、同法一八条によりこれを売払うことができないものとされている。してみれば、右回答は法律上売払いのできない土地を売払わない旨明らかにしたものに外ならず、回答の相手方が何人であるかに拘らず何等の法律的影響をも与えないから、これを以つて行政訴訟の対象となる行政処分であると解することはできないし、また、本件土地の払下を求めることはもとよりできないことである。よつて、本件訴は不適法として却下されるべきである。」と述べ、

本案につき、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として「原告主張事実中原告主張の日に原告が建設大臣に対し、本件土地の払下申請をなし、原告主張の日に中国地方建設局長が原告主張のような回答をしたこと、原告が国から、下関市大字壇之浦七二番地の一及び軍用地の一部(火の山砲台及び同交通路敷地六坪)を借受けたこと、原告主張の頃、山口県知事より原告主張のような理由で右土地の収去明渡を求めたこと、及び昭和一五年三月二八日頃、山口県知事が原告主張のような理由で本件土地の収去明渡を求めたことはいずれもこれを認めるがその余の事実は全て争う。」と述べた。

理由

まず本件訴の適否について考えて見る。

行政事件訴訟法三条は行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟のみを「抗告訴訟」として許しているのであつて、行政庁の行為であつても、公権力の行使と云い得ないものについての不服の訴訟は許していない(「抗告訴訟」の類型として同条二項乃至五項に規定するもの以外に、行政庁に一定の行為をすることを求める訴訟を認める余地があるかは問題であろうが、仮にかような訴訟が認められるにしても、それは行政庁の公権力の行使を求めるものである限りにおいてのみ認められるのであつて、行政庁の行為であつても、公権力の行使と云えないものを求める訴は抗告訴訟としては許されない。そこでこのような訴についても求めている行政庁の行為が公権力の行使と云えるかどうかを確定することが、取消訴訟の場合と同様、まず必要である。)。

ところで原告は、本件土地の払下不承認は行政庁の公権力の行使に当る行為であるとして、その取消を求め且つ、自己に払下の許可をせよと求めている。

そこで本件の如き道路敷地の払下を許可するとか、許可しないとかの被告の行為が公権力の行使と云えるか否かについて考えて見るに、なるほど道路敷地払下の許可、不許可は建設大臣より権限の委任を受けた建設局長の行為として行政庁の法的行為と云うことができる。しかし、道路敷地の払下について払下申請者は行政庁と同じく払下を成立させるか否かの自由を留保した立場で交渉しているのであつて、払下申請者が払下金額その他の払下条件に満足せず払下申請を撤回した場合にも、払下申請者が裁判において払下許可の行政庁の行為を取消さない間は、行政庁は一方的に払下が有効に成立したものと判断し且つ主張でき、払下申請者は払下が成立したものとして扱われることを法律上受忍しなければならないことに義務づけられるというわけではない。その点が争われるならば裁判所の判断がない限りお互に自己の主張を一応のものにせよ正しいものと主張してその内容を強制的に実現できるものではない。それが出来るとの規定は道路敷地の払下に関しては見当たらない。従つて、行政庁と払下申請者の立場は全く対等であり、その関係は私法上の法律関係と云うべきであり、前述のような強制的内容を含まない行政庁の払下を許可するとか、しないとかの行為は、公権力の行使と云うべきものではなく、純然たる私法上の行為であると解するのが相当である。

してみると、本件土地払下の不承認を取消し、且つ自己に払下を許可せよと求める原告の訴は、前示の如く私法行為であるところの道路敷地の払下不承認の行為を公権力の行使たるいわゆる行政処分であるとして取消を求め、且つ、自己に払下を許可せよと求めるものであつて、いずれも行政事件訴訟法三条の「抗告訴訟」とは云えない。

原告の訴は不適法であり、いずれも却下を免れない。

(ちなみに、原告の訴を私法上の売買契約における申込に対する不承諾の取消を求め且つ承諾の意思表示を求めているものであると解釈しても右の如き私法上の実体関係にかかる請求は国を相手方とすべきものであり、相手方の不承諾の法律的性質は準法律行為のうちのいわゆる意思通知であつてそれ自体取消の対象となるかについて疑問があるだけでなく、それを取消してみても法律上何等かの利益があるとは解し難く又、被告に対し払下の承諾を求めうべき法律要件事実換言すれば何故被告が払下を承諾しなければならないかという義務発生の根拠となる事実についてはこれを首肯すべき何等の主張がない。原告の訴は右のいずれの点よりしても失当といわなければならない。)

叙上説示の通り原告の訴はいずれも本案について審理するまでもなく不適法であるから、これを却下し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判官 黒川四海 五十部一夫 三枝一雄)

(別紙目録および図面省略)

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